家事をしない夫の未来がどうなるのか、想像したことはありますか?

こんにちは、こはるです!

 

今日ね、私の愛するふみさん(@FumiHazaBlog)がこんなツイートをしていたんですよ。

うんうん、あるよね、食べた後お皿片付けないパターン。
特にシチューなんかカピカピなんねん。皿が。

 

ご家庭の事情によって状況はまったく異なりますが、ご主人が家事を一切しない、協力してくれないというパターンはよくありますよね。
特に奥様が専業主婦のご家庭ですと、ご主人が「俺は仕事、お前は家のこと」との考えをお持ちの場合も。

もちろん結婚後そうなった訳ではなく、幼いころからの育ってきた環境が大きく関係している場合もあります。

お母さんがいつも家にいて、家のことを全部やってくれていた。
お父さんはお仕事。かっこいいな、えらいな。
おじいちゃんおばあちゃんも一緒に暮らしていて、にぎやかで楽しいな。

昔はそういう時代だったんです。そうやって育ってきた箱入り息子(何それ)たちが家事をしないことは当然の流れなのかもしれません。

 

ですがこの現代、昔とは状況も大きく変わってきています。

核家族化。親戚は遠くに住んでいる。頼れる相手がなかなかいない。
じゃあどうするか。家族で、夫婦で、助け合って暮らしていくんです。

 

家事は本来、家族や夫婦で協力して支えあって補い合ってやるものというのが私個人の考え方で、常々、「夫には最低限の家事ができる状態でいて欲しい」と思っていました。

それはなぜか。

「家事をやる人」がいなくなっても、生きていってもらうためです。

 

MEMO

今回は分かりやすいように家事をしない夫にスポットライトを当てて綴っていきますが、家事をしないのが妻でも同じことが言えます。また、それが父、母、きょうだい、家族の場合もあるかもしれません。

あくまで今回は「家事をしない夫」を例にお話を進めますが、誰にでも当てはまるお話であります。

ゆったりとご覧ください。

 

奥さんがいなくなっても、生きていけますか?

(以下、架空の夫婦のお話)

 

ただいまー。帰宅。あぁ、疲れた疲れた。

カバンをその辺にドサッ。

脱いだ仕事着をポイッ。

妻の怒る声が聞こえる。

「脱いだ服くらい、洗濯機に入れてよ!もう!」

汚れた服を拾い上げ妻が脱衣所に向かっていく。

「晩飯なに?腹減ってるんだけど」

妻が自分をにらむ。

「準備するから待ってよ」

ソファにドカッと腰掛ける。冷えたビールをプシュ。あぁ、うめぇ。

運ばれてくる食事をスマホ片手にたいらげる。

あーあ、疲れた。風呂までちょっと休憩な。

ソファに寝転ぶ。テレビでも観るか。

「終わったなら下げてよね!」

しばらくボーッとしていると、妻が食器を持って行く。ガチャガチャと食器を洗い始める。

「おい、風呂は?」

「はぁ?あなた、何も言わないからまだ沸かしてないわよ」

「いつもメシ食ったら風呂行くじゃん。それくらい分かれよ」

妻が洗い物の手を止め、風呂場のスイッチを押しに行く。

あーあ、だりぃ。身体がくさくてたまんねぇ。なんで風呂できてないわけ?信じらんね。

しばらくすると風呂が沸いた音がした。身体を起こして風呂場へ行く。

「おい、着替えは?」

「え?自分の服くらい、自分で取ってきてよ!」

「風呂出るまでにここ置いといて」

さーあ、風呂だ風呂だ。

やっぱきれいな一番風呂は気持ちいいな。

 

 

 

 

 

(ここまで読んだ全国の奥さんの表情)

 

 

まぁ、こういうタイプの夫がいたとする。

家事はとことんノータッチ。家に帰れば飯が出てきて風呂ができているタイプ。いますよね、結構ね。

 

この彼は、
もし奥さんがいなくなったら生きていけるのでしょうか?

 

 

こんな夫に不満を抱き、奥さんは離婚を言い渡すかもしれない。

熟年離婚を選択し全てを持って出ていくかもしれない。

心労がたたり、身体を壊すかもしれない。

不慮の事故や寿命で、命を落とすかもしれない。

 

そうなった時、この夫は何が出来るのでしょうか?

 

家のことは分からない、食事は作れない、お風呂の洗い方も、洗濯の仕方も、分からないかもしれない。
全ては、奥さんにまかせていたから。

 

不摂生な食生活、不衛生な住まい、ギリギリの生活に疲れ果て、人知れず病に倒れるかもしれない。命を落とすかもしれない。

 

そうなるのって、怖くないですか?

 

 

子どもがいるなら、夫1人の問題ではない

我が家には子どもが2人います。

4歳と2歳。まだまだ生きていくための能力は不十分です。親のサポートが必要不可欠な年齢。

 

母である私が何らかの事情でいなくなることになれば、以後育てるのは父である夫です。

 

だから、お子さんがいらっしゃるご家庭では、お父さんもある程度の家事能力は身につけておくべきだと私は思っています。

 

幼い頃、専業主婦だった母が珍しく体調を崩し、食事を作ることができなかったことがあります。

仕事から帰ってきた父が、必死で焼いた卵焼きとウインナー。
普段食事の用意は母がすべてしてくれていたので、父も戸惑ったことでしょう。

それでも、子どもである私たちには食事を提供せねばなりませんでした。

 

子どものお世話は食事だけではありません。

着替えにお風呂、寝かしつけ、保育園の送迎、小児科への通院、お出かけ…
生きていくためのお世話をしていく必要があります。

 

そのために家事ができる能力はとても重要になってきますよね。

料理作れないと食べさしてあげらんないし、お風呂の時には事前に着替えを準備しておかなきゃいけないし、着替えを準備するためにはきちんと洗濯を済ましておかなくちゃいけない。

だから、お母さんだろうがお父さんだろうが、子どもを安心して見るために普段からたくさん家事をして慣れていてほしいのです。

今お子さんがいなくても、将来的に家族が増えるかもしれません。

もしかしたら、親世代のお世話をすることになるかもしれません。

 

夫が家事をしないことは、夫だけの問題ではないんです。

 

 

「何もしない」を「一緒に」脱出する

ここまで見てくださった方が「よっしゃ、やったろやないかい!」と思っていただいたとして

今まで何もしなかった人がいきなり何もかも完璧にできるようになるのは無理だし、「あれやって!」「これやって!」と何もかもを求めるのも無理ですよね。

敵は「何もしない」んです。これはなかなか治らない。

だから、ほんの少しずつでも、「何もしない」状況を脱出できるように考えてみることにしましょう。

 

例えば、食事が終わったら下膳を手伝ってもらう。

お盆(トレー)を何枚か用意しておいて(複数枚用意する)、食事が終わったら空の食器をお盆に載せる。1枚にまとめずに。

そして、「一緒に運んでくれない?」

 

「やって」と押し付けるのではなく、「一緒に」というところがポイント。
一緒に協力してやれたら、なんかいいよね。

お盆が複数枚ありゃ手伝ってくれるかもしれない。
キッチンに一緒に行くことで家事の現場を見せることもできる。
シンクにお皿を置きながら「こうして早めに水に浸けておくと、汚れが落ちやすくて助かるんよね」と教えてあげることもできる。

そして最後に「手伝ってくれてありがと、助かったよ」の感謝。

いっそのこと、それぞれのトレーに1人分の食事をまとめてそれぞれが運ぶようにするのもいいかも。自分の食事は自分で運ぶ。

 

あ、食器は使ったらちゃんと片付けような。
お家に帰るまでが遠足、ごちそうさまして下膳までが食事やで。
むしろ食器洗いまでしたら完璧。来た時よりも美しく、使った食器は美しく。

 

 

休みの日なんかは一緒にご飯作ってみるのもおススメ。

ハードルの低いホットプレートを使った調理ならワイワイ楽しくやれるし、温かいまま食べられていいと思う。
お好み焼き、焼きそば、たこ焼き(粉もんばっかりかい)、他にもウインナー焼いたりちくわ焼いたり、もう何でもいいから焼いて、一緒に。

肉でも魚でも、美味しそうなもの一緒に調理して楽しんで。

一緒に準備して、一緒に食べて、一緒に片付けたらよろしいと思うわ。

 

こんな感じで、子どもや友だちと接する感じでちょっとずつやってみるのもアリ。
いきなり「ハーイ!皿洗ってー!ご飯作ってー!」は厳しいかもしれないけど、ちょっとでも家事に接するキッカケになるといいかなと思います。

 

 

生きるために、家事を身につけてほしい

もちろん、「全部を私がやりたい!」という奥さまもいらっしゃると思います。

ここまで読んでいただいて、スケールデカすぎィ!という素直な感想を抱く方もいらっしゃるはずですし、共感できんわーという方もいらっしゃると思います。

そりゃそうです。夫婦の数、家族の数だけ家庭の事情は異なるんですものね。

 

でも、何もしてくれないパートナーに不満を抱く方も少なからずいらっしゃるんじゃないでしょうか。
もし、奥さんが「家事は任せて」と言ってくれたとしても。

 

もし、「任せる」ことが「依存する」ことになっていたとしたら、とても怖いことです。

本当に依存しているとしたら、奥さんなしでは生きていけないということだから。

 

 

家事でも何でも、経験したことというのは自信になります。

やり方が分からんし面倒だから俺はやらん!じゃ永遠にできないし、いざやらなければならない場面に接した時、一歩も動けなくて途方にくれるかもしれません。

経験の積み重ねが自信につながって、できることに変わっていくし、日々の経験が繰り返されることで「習慣」となります。

たとえ妻が病気で寝込んだ時も、

たとえ妻の仕事が長引いて帰りが遅くなった時でも、

たとえ夫が単身赴任をすることになったとしても、

たとえ夫が家族の誕生日に何かごちそうを作りたいと思った時でも、

たとえ、わたしが何らかの事情で手を動かせなくなったとしても、

たとえ、わたしがいなくなったとしても、

きっと、生きていくことはできると、思うんですよね。

 

幸いなことに、私の夫は私より家事能力が高い人なので(笑)、子どものこともできるし衣食住全般何とかできるので、心配はしていません。
できれば私も妻として母としてたくさん活躍したいし家事もたくさんしたい。

でも将来のことを考えて、今から考えておかなくちゃいけないこともたくさんあるわけで。

 

夫だけでなく、子どもにも生きるための術はたくさん身につけてほしいなと思いますね。

私はおうちのことが何もできなかった子どもでしたし、家事を始めたのは結婚してから。
家事しないと生きていけない環境になったからね。(笑)

それでも苦戦を繰り返しながら今何とかやれているので、日頃の習慣の大切さはよく感じています。
生きていくためには、家事が必要なんだな。

 

いやー、いっぱい語ったらお腹が空きました。

 

さぁ、今夜の夕飯は、シチューですよ。

 

 

 

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